タカヒロの日記

読んだ本や好きなものについて解説と感想を書いていきます。

【解説】『ゲーム理論はアート---社会のしくみを思いつくための繊細な哲学』(松島斉)のあらすじと書評・感想

記念すべき第一冊は松島教授の名著。これからもいろいろ書いていきたいけど、更新は不定期です。もしこのブログで紹介した本を読んだらあなたの感想を聞かせてください。おすすめの本も教えてください。

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この本について

東大経済学部でゲーム理論を教えている松島先生のゲーム理論超入門書。

教科書というよりもモデルづくりの面白さや現実の事象をゲーム理論を用いて理解していく方法について学びながら松島先生の考え方に触れることができるエッセイという感じ。

ちなみに、本書タイトルの「ゲーム理論はアート」というのはゲーム理論を用いて、社会の仕組みを明らかにできるモデルをどんどん作りだしていく「創造性」が芸術的であるという意味である。

あらすじ

本書は三部仕立てで、まず松島先生がいかにしてゲーム理論に人生を賭けるようになったかがエッセイ風につづられたのち、PK戦や貧困国への資金援助、ナチスのような全体主義といった我々もなんとなくわかる事象をゲーム理論ではどのように理解するかが解説される。

次に、イノベーションやオークション、日本のタブー(腎交換、放射線汚染、人工中絶)といった現在の日本を語るうえで欠かせない応用的なテーマについて、前章で学んだ考え方を利用しながら理解を進めてゆく。

最後は「制度の経済学」(社会の制度に注目する経済学)における重要テーマである「情報の非対称性」や「証券取引ルール」について、マグロのセリや株の高頻度取引といった実例を交えながら解説される。

書評・感想

 キャッチ―なタイトルとかわいい表紙絵ですでにかなり有名な本書。前々から読みたいと思っていたのでようやく読めてよかった。

ゲーム理論にまったく触れたことのない人でもわかるように書かれているため、言葉も比較的簡単で読みやすいし、難しい数学も出てこない。一方で、一応ゲーム理論を勉強したことがある私が読んでも大変学びが多かった。内容はかなり濃いので、むしろ軽くゲーム理論に触れたことがある人の方が読んでいて楽しいかな?といった感じ。経済学部に在籍しているのに経済学に興味が一切なく、授業をさぼりまくっているあなたにおすすめの一冊。

第一部「アートとしてのゲーム理論」の感想

ゲーム理論についての理解が浅い読者は本書を見たらまず「ゲーム理論がアート?また東大の先生が訳のわからないことを…」と思ってしまうだろう。私もその一人だ。

ゲーム理論がなぜアートといえるのか、松島先生は本書のはじめにでこう語っている。

ゲーム理論の真骨頂は、社会のしくみを白日の下にさらすような、新しいモデルのアイデアを次々と思いつく、その「創造性(imagination, creativity)」にある。私は、この創造性ゆえ、ゲーム理論をアートとみなすのだ。

出典元:『ゲーム理論はアート---社会のしくみを思いつくための繊細な哲学』(松島斉)

「なるほど、わかるようなわからないような…アートってなんだっけ…」そんな私の感想を予想してか、松島先生は本書の第一章で先生の考えるアートについて、先生の小学生時代のアートとの出会いから説明してくれていた。

松島先生とアートの出会いは小学校のころに見たロバート・ラウシェンバーグの作品「モノグラム」だという。

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ロバート・ラウシェンバーグモノグラム

 

松島先生によるとモノグラムに使用されているタイヤとヤギのはく製はともに役目を終えており、結果、商品価値の関係から解放され、様々な日常のイメージを引き出させている。モノグラムは商品価値という関係性で見えなくなっている社会的関係の本質を我々に気づかせようとしているとのことだ。

ここからは僕の感想だが、はく製にされたヤギが人工物であるタイヤにとらえられ、まだら模様のキャンバスに立たされている。ヤギの顔には様々な色のペンキが塗られていて、元のヤギがどんな表情なのかを知ることは容易ではない。この作品は環境汚染や公害といった形で人間による文明の発達の犠牲となってきた自然の無力を私たちに気づかせようとしている気がする。(短絡的だろうか…美術は得意科目ではなかった…)

さて、私の「モノグラム」に対する感想はどうでもいい。つまり、松島先生は芸術を社会関係に位置づけてとらえようとしている。20世紀以降の現代アートが資本主義や全体主義、監視社会といった社会的関係に触発されて、その関係性を作品という形で明らかにしていることを重視している。

であるならば、先生の言う「ゲーム理論はアート」というのはゲーム理論のモデルがこれらの芸術作品と同じように社会的関係性を明らかにしているということ、しかもそれらはデータに現れる規則性から帰納的に導かれるものではなく、既存のモデルでは説明できない社会的関係を説明するために創造的に思いつかれるものであるということだろう。うーん、私の理解はあっているだろうか…

本書のタイトル「ゲーム理論はアート」の意味を理解したところで、次はゲーム理論についての基礎が説明される。私は一応ゲーム理論をサラッと学習しているので「懐かしいなぁ」とか思いながらペラペラと読み進めていった。

第一部で次に重要なのは内生的選好についての説明だろう。

内生的選好というのは、もともとの決まっている判断基準でなく、出来事に対する自分の感情とかで内生的に決まる判断基準だ。(クッソ適当ですいません。)本書では例として、自分が1000円もらえるけど他人が9000円もらえるのと、どっちも0円なのではどっちを選ぶかなどが例として挙がっている。

内生的選好の中でも先生が重視しているのは従順と同調だ。従順の例としては部下が上司に気に入られるために、したくないこと(コストがかかること)をするかどうかというケースが例として挙げられている。部下の従順さが強ければ、「上司は私がこれをすることを期待しているだろう」と考え、そんな上司の心中を忖度して、したくない(コストがかかる)ことをするのだ。同調の例では個々にもう一人の部下が登場する。部下は、「もう一人の部下はきっと上司に気に入られるために、やりたくないことをやるだろうな。」と予測し、それに同調してしたくないことをする。

先生はこの従順と同調の重要性(あるいは危険性)についてしつこいくらいに語っている。使われている例はナチスドイツで膨大な膨大な数のユダヤ人を虐殺した張本人として知られるアドルフ・アイヒマンだ。

アイヒマンのストーリーはあまりにも有名なのでここで説明するまでもないかもしれないが、一応説明しておこう。

第二次世界大戦後、アイヒマンエルサレムユダヤ人大量虐殺の罪に問われる。多くの人はアイヒマンを残酷な殺人鬼のように考えていたが、実はアイヒマンは従順で同調しやすいただの平凡な役人に過ぎないことが裁判を傍聴したハンナ・アーレントによって見抜かれる。

実はアイヒマンはもともとナチスユダヤ人迫害に疑問を覚えていたという。だが、1942年のヴァンゼー会議で出席者全員がユダヤ人迫害に賛成している様を見て、同調以外の感情をすっかり、捨ててしまったのだ。

アイヒマンのように、自分の中で葛藤することがあっても、他者に同調することでその感情を消し去ってしまう人は少なくない。であるならば、意思決定のプロセスを操作することで従順と同調の感情を意図的に利用し、全体主義やそれに類似した組織は容易にデザインすることができる。

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平凡な男、アイヒマン

松島先生はゲーム理論を用いてこのような全体主義がいかにしてデザインされるか、そのような事態はいかにして避けられるかを本書で解説しているがそれをこのブログで書いてしまうのは松島先生に失礼だ。買って読もう。

全体主義とそれを支える従順と同調に関する章を読んで私はこのメカニズムを利用するのは何もネガティブなばかりではないと感じた。従順と同調を利用することで犯罪者でさえも犯罪を犯さないような社会をデザインできるかもしれない。普段は授業に出席しない奴だって、自分以外の学生が出席するなら授業に出るだろうし、みんなが自分の考えを発表するような場所においては普段前に立たないような人だって自分の意見を表に出せるだろう。そんな環境ではきっとクリエイティブな意見が飛び出し、私はより多くを学べることだろう。

そういった意味でこの章はとても夢にあふれているし、松島先生が理論武装させてくれたおかげでこの私の期待は実現可能なように思える。この本で一番面白かったのはこの章だ。

第二部「日本のくらしをあばく」の感想

第一部の感想は少々楽観的だったが、第二部はとても悲観的な内容だったといわざるを得ない。先生はイノベーション(パテント)やオークション、幸福といった社会のテーマをゲーム理論を用いて明らかにする。そこで見えてくるのは他の国に比べて成熟しているとは言えない日本社会のありさだった。

全てについての感想を述べては量が多いのでここではオークションの章について、そのあらすじと私の感想を述べよう。

オークションの方法には様々なものがあるが、わかりやすいのはヤフオクでもおなじみのせり上げ方式のオークションだろうか。ゲーム理論の成果として、本書ではヴィックリー・オークション、あるいは2位価格封印入札が挙げられている。この方式では一番高い値段を表明した人が、表明された中で2番目に高い値段を支払って購入する。この時、オークション参加者は買うために無理に大袈裟な値段を言ったり、支払いをケチろうと過小な値段を言ったりしても本人の得にはならない。正直に自分が欲しいと思う分の値段をいうことが最適となる。こうすることで最も商品を欲している人の下に商品が行くこととなる。(ミクロ経済学をやった人は余剰が最大化されるといえばピンとくるだろう。)

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こういうかっこいいオークションで何かを落札してみたいものだ

このように、オークションが素晴らしい可能性を秘めていることは分かったが、オークションが日本で活用されているかというと、あまりそうとは言えない。それどころか、日本は携帯電話の周波数利用免許にオークションを利用していない唯一のOECD加盟国だという。

ここからは私の感想だが、オークションに限らず、日本のだめな制度というのは本当に枚挙にいとまがない。特に役所が絡んでくるとそれはそれは非効率的で、我々市民を最高にイラつかせてくれる。

日本の社会制度がダメなのは官僚がいけないからだとかいう話をよく聞く。本当にそうなのだろうか。私の友人にもこの春から官僚になる人が少なからずいるが、彼らはみんな優秀だし、日本をよくしようという使命に燃えている。だから日本の社会制度がダメな理由が官僚だとは思えないし、官僚を何となくのイメージで批判している人を見ると私は嫌な気持ちになる。

では、日本の社会制度はなぜダメなのだろうか。私には私なりの考えがあるのだが、その考えに明確な根拠はないし、このブログの趣旨からいささか脱線しすぎているのでここで触れるのはやめておこう。

第三部「制度の経済学」を問いただすの感想

この部では経済の仕組みを支える制度を明らかにしたり、制度をどうデザインすべきかについて書かれている。今までの部と比較しても実用性が高いような印象を覚えるし、今までの部よりも難解なところが多かったように感じる。証券取引ルールや情報の非対称性についての説明も面白いのだが、最後のマーケットデザインに関する章は中でも多くの人が興味を持ちそうなので、ここを掘り下げて感想を書いていこうと思う。ちなみに、マーケットデザインというのは市場の失敗を克服するためにいちから市場を設計していくこと、くらいの理解でよいだろう。(私が個人的に興味がある分野なので、今度関連書籍の記事も書きたい。)

本書では先生が実際に厚生労働省の下部組織から依頼を受けて挑んだ難問、インフルエンザワクチンの効率的な分配の例を使いながらいかにしてマーケットをデザインしていくのかが綴られている。(詳細を語ってしまうのは興ざめだから書かないが、本書ではある解決法が提示される。その解決法には2つのナッシュ均衡があって、片方はみんながあるシステムを利用し、みんなに効率よくワクチンを接種できる一方で、もう片方のナッシュ均衡ではだれもそのシステムを利用せず、だれもワクチンを接種できない。どちらになるかは実際にやってみないとわからない。)

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銀のトレイに置かれた注射器は見るだけで嫌な気持ちになる

また、本書ではマーケットデザイン、メカニズムデザインの好例としてUBERを挙げている。運転手と乗客の相互評価制度やテクノロジーの発達が可能にした運転の監視などによって、UBERは運転手と乗客双方の協調のインセンティブを引き出し、ガバナンスを維持している。現在の日本のタクシーにみられる許可制とは対極のメカニズムだ。

ここからは私の本章についての感想を書いていく。まず、ワクチンの分配の話だが、これは非効率な現状をいかにすれば効率化できるかについて、実際のケースに基づいて考えられていたためとても臨場感があった。読み物として面白いし、先生の熱意も伝わってくる。

UBERについては記述が少なめで、アメリカ留学中にUBERを使い倒し、UBERの大ファンとなった私としては少し寂しかった。だが、先生もUBERのマーケットデザインのパワーを認めており、このような仕組みづくりが今後の日本の成功のカギとなることを強調していた。

私の個人的な意見だが、日本では特にヘルスケア業界でマーケットをいちから設計しなおすようなサービスが求められていると感じる。というのも、治療を必要としている患者に適切な対応や治療が施されないケースが多すぎるからだ。治療費をオークション制にするべきだとまではいわないが、医療と患者の効率的なマッチングが行われなくてはすでにパンクしかけの日本の医療は崩壊してしまう。この現状を指をくわえて見ているだけでは医療を支える医師や看護師といった医療関係者に申し訳ない。

私をよく知る人は私の言わんとすることがわかるだろうが、要するに効率的なマーケットデザインはいびつな形の人口ピラミッドを形成している日本にとってなくてはならないものということだ。

おわりに

次回はよりマーケットデザインに特化した本、『Who Gets What(フー・ゲッツ・ホワット) 』の書評・感想を書いていきます。これからも頑張って記事を書いていくので暇つぶし程度にみてもらえるととてもうれしいです。この本を読んだことがある人はあなたの感想を聞かせてください。