タカヒロの日記

読んだ本や好きなものについて解説と感想を書いていきます。

【解説】『Who Gets What(フー・ゲッツ・ホワット) 』(アルビン・E・ロス)のあらすじと書評・感想

2冊目もゲーム理論がテーマの経済学書前回の記事で紹介した書籍の最後の章で触れられていたマーケットデザインによりフォーカスした書籍となっています。ちなみに、日本語版の発売は2016年3月だったのですが、2018年9月に文庫版が出たのでそちらを買いました。経済学書って超有名な本でも文庫化されないことがざらにあるのでこういうのはありがたいですね。この本を読んだ方はぜひ感想やおすすめの本を教えてください。

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この本について

『Who Gets What(フー・ゲッツ・ホワット) 』は、2012年にノーベル経済学賞を受賞したアルビン・E・ロス教授によるマッチングやマーケットメイキング(マーケットデザイン)の手引き書。需要と供給の均衡によって価格が決まるようなコモディティ(小麦のように一般化しているもの)と違って、お金が介在することができないもの(進学先、腎臓移植など)やお金がすべてではないもの(恋愛、就活など)のマッチングには一筋縄ではいかない問題がある。本書は筆者がゲーム理論を武器にそれらの実社会の難問に挑む。

本書のタイトル『Who Gets What(フー・ゲッツ・ホワット) 』を直訳すれば「誰が何を手にするのか」、マーケットデザインとは何かを端的に表す問いであるといえる。

あらすじ

本書は4部仕立てとなっており、第一部では「市場」とはそもそも何なのか、本書のテーマである「マッチング」とは何なのかといった基本的なことの説明がなされる。経済学を勉強した人にとっては少々退屈なところかもしれない。

第二部はマッチング市場における「市場の失敗」が起こるメカニズムが事例を紹介しながら説明される。アメリカの市場の話題が多いものの、私たち日本人にとってもなんとなくわかる例が多いことから、同様の問題が日本でも起こっていることがわかる。

第三部は筆者がノーベル経済学賞を受賞するきっかけとなった「受け入れ保留メカニズム」などのメカニズムデザインによって第二部で見たような市場の失敗をいかにして解決したのかが語られる。

第四部では腎臓売買や麻薬取引などの禁止された市場がもたらす影響を説明しながら、果たして容易に市場を禁止するのが良いことなのかを読者に問いかけるような内容となっている。

書評・感想

第一部「市場はどこにでもある」の書評・感想

第一部ではまず前半で本書のテーマとなる専門用語が実例を交えながら解説され、後半で筆者の最大の功績の一つであるニューイングランド腎臓交換プログラム(NEPKE)のメカニズムや実例についての紹介がなされる。全体的に言えることだが、少しでも経済額を勉強したことがある人からしたらごく当たり前のことをやや冗長な例を用いて説明しているため、ところどころ退屈に感じてしまうかもしれない。

前半部分で解説される専門用語の中でも最も重要なのは「マッチング市場」であろう。マッチング市場とは、「誰が何を手に入れるのか」が価格によってのみ決定するコモディティ市場(小麦、鉄、有価証券など)とは対照的に、価格以外な何らかの要素によって双方が相手を探さなければならないような市場のことだ。

なお、コモディティ市場とマッチング市場の境界は曖昧である。例えばレストランは買い手を選ばないのに対して、私たちはレストランを選ぶことができる。

ところで、いま熱いマッチング市場といえばTinderやpairsのような、いわゆる出会い系アプリである(残念ながら恋愛において金銭は大きな影響力をもっているが)。かつて出会い系といえばネットのアンダーグラウンドな香りがプンプンする怪しいサイトというイメージだったが、いまやそこらじゅうの人が気軽に利用できるようになってきている。これも適度な匿名性やいいね数(好みの相手にアピールできる数のこと)の制限といったマーケットデザインの賜物なのだろう。

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私も使ってました、、、

後半の章はニューイングランド腎臓交換プログラム(NEPKE)についての章だ。まず腎臓交換プログラムのメカニズムを軽く解説しよう。腎臓の移植を行う必要があるとき、多くの場合は患者の親族や友人が片方の腎臓を提供してくれるのだが、これが患者の免疫と一致しないケースが多々発生してしまう。ならば、ドナーが誰か別の患者に腎臓を提供する代わりに、患者に適応する腎臓をもらおう、というのがこのプログラムだ。この取り組みは最初お互いに適応する腎臓を持った2組間の腎臓交換から3組以上のサークルへと発展し、ついには患者を持たない利他的なドナーや死亡ドナーの腎臓をはじめとするチェーンに発展した。

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利他的ドナーを視点とした腎臓交換チェーンのイメージ図

このチェーンの画期的なところは図に記した数字の順番で手術を行うことができるというところである。今までの単純な交換やサークルでは手術は同時が絶対条件だった。というのも、もしも3組間のサークル交換を別日程で行って、ある1組のドナーが腎臓を受け取ったあとで腎臓の提供を拒否したとき(急病になるようなケースも考えられる)、あるペアはドナーが腎臓を他の患者に提供したにもかかわらず、患者は腎臓を受け取れないという事態に陥ってしまうからだ。

チェーンの場合、たとえあるペアが腎臓を受け取ったにもかかわらず腎臓を提供しない場合でも、腎臓を提供したのに腎臓を得られないという絶望的な状態になる患者を作らないで済む。もちろんそれぞれのドナーには腎臓を提供しないインセンティブが存在するのだが筆者によるとそういった例はほとんど起こらないらしい。

ここからは私の感想だが、この章で重要なのは腎臓を提供しないインセンティブが存在するにも関わらず大多数のドナーが腎臓を提供するという事実であると思う。また、腎臓交換のチェーンが利他的なドナー(患者の決まっていないドナー)の存在によって実現されている点も同様に重要だとおもう。

いまも多くの人間の命を救っているNEPKEを設計したのは筆者をはじめとした経済学者たちだが、この仕組みを支えているのは多くの人間の善意である点は決して無視できない

ちなみに、第一部のタイトル「市場はどこにでもある」というのは私たちの生活のあらゆるものが何らかの市場取引によってもたらされており、私たちは日常のあらゆる場面で市場に触れているという意味である。

第二部「挫かれた欲求―市場はいかにして失敗するか」の書評・感想

第二部はタイトルの通り、市場がいかにして失敗するか、つまり、不適切にデザインされた市場でプレイヤーたちはどのような意思決定を行い、どのような不利益をこうむりうるのかが解説される。

市場が失敗する理由ごとに抜け駆け、速すぎる取引、混雑、高すぎるリスクの4章があるがそれぞれの章では問題が提示されるのみで解決策(マーケットデザイン)は次の第三部で説明される形となってるのだが、問題を網羅的に理解できる一方で、解決策が提示されないまま宙ぶらりんになってしまうのが歯がゆいかもしれない。

ところで、あなたは就活をいつ終えただろうか。私は2020年に大学を卒業する予定だが、2018年に就活を終えた。外資系の投資銀行コンサルティングファームに行く人もおそらくは卒業する1年以上前に内定をもらっていただろう。

経団連と関係のないベンチャー企業外資系の企業はこのように他の企業が採用活動を始める前に「抜け駆け」して、優秀な学生を囲い込もうとする。また、経団連に加盟している企業もサマーインターンやウィンターインターンを通じて実質的な選考を行って早期に優秀な学生にコンタクトしようと努めている。

こうした結果、日本の就職活動は年々早期化しているのだが、筆者はこのような参加者が抜け駆けをすることで起こる、止まらない早期化を暴走と呼び、マーケットデザインによってこの暴走を止めようとする。(筆者が直接関わったのは研修医の就職市場)

ここで面白かったのは、最も早くに抜け駆けをするのは最も人気な企業でも、最も不人気な企業でもなく、ほぼ最も人気な企業であるという点だ。

最も人気な企業は抜け駆けをしなくとも優秀な学生を確保できるし、不人気な企業は早期に内定を出したところで学生に内定を蹴られてしまうことが予想できる。ただ、ほぼ最も人気な企業ならば、期限付きのオファーを出すことで最も優秀な学生を獲得できるかもしれない。このようにしてほぼ最も人気な企業が抜け駆けをすると最も人気な企業の採用を早期化せねばならず、早期化は止まらなくなる。

では、この暴走の何が悪いのかというと企業は採用の早期化のよって学生が思ったより優秀でないリスクを負うし、学生は本当ならもっと良い企業に行けたかもしれないのにそこそこの企業で妥協してしまうリスクを負う。リーマンショックの時は内定を取り消された学生もいるというから暴走はやはり止めたほうが良いのだろう。

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個人的に採用時期はどうでもいいが、就活カバンが当たり前の風潮はマジでやめてほしい。就活以外でこれを使う機会はあるのか?


第三部「市場をよりスマートにし、より厚みをもたせ、より速くするためのデザインの発明」の書評・感想

第三部は第二部で紹介された問題がいかにして(どんなマーケットデザインで)解決されたのかが解説される。筆者がノーベル経済学賞を受賞するに至った研究についての説明もされるので本書『Who Gets What(フー・ゲッツ・ホワット) 』で最重要の部分といえるだろう。

先ほどの研修医の就職市場は病院と研修医、双方から希望順位を集めるクリアリングハウスを設け、そのクリアリングハウスを通じてマッチングを行うことで最も望ましい組み合わせを実現するという方法で解決される。(これは学生がオファーの受け入れを保留する形で実現する「受け入れ保留方式」といわれるメカニズムが応用されており、筆者と共同でノーベル経済学賞を受賞したロイド・シャープレーとデイヴィッド・ゲールが安定なマッチングを実現する方法として発見したのだが、細かい説明は省略。)

この章の感想としては、研修医の就職市場を解決するのには確かにこの仕組みを利用することができる反面、他の市場に応用することが難しそうなのが残念だった。

例えば日本の就職市場では、総数が多すぎるうえ、企業・学生双方の水平差別化が進んでいるため絶対に応用できない。もちろん筆者もこんなことはわかっており、市場の特徴に応じてマーケットをデザインする必要性を述べている。

ゲーム理論はアート』では既存の社会の仕組みをモデル化する際の創造性がしばしば重視されていたが、このように、適切な市場をデザインするのも同様に創造的でアートであろうと感じた。

混沌とした日本の新卒就職市場はいかなるマーケットデザインによって解決されるだろうか。残念ながら、私にはわからない、、、

 

第四部「禁じられた市場と自由市場」の書評・感想

第四部はゲーム理論を応用して解決できそうな問題の見つけ方の部といえるかもしれない。

禁じられた市場というのは腎臓売買や麻薬取引、禁酒法のもとでの酒類市場などのように法律で禁止されている市場のことで、筆者はそれらを例に挙げながら、目的の達成のためには市場を禁止するという短絡的な施策よりも、行動を誘導したり、代替物を提供するほうが効果的なこともあると主張している。

第四部の感想は正直言うと、あまり面白くなかった。禁じられた市場と、その原因となる不快感についての話が長々と続くのだが、あまり得るものが多い部とは言えない。

第四部に限らず、この本全体に言えることだが内容が冗長で面白くないところが多いように思う。マーケットデザインの重要性は伝わるが、もう少し余分なところを削ってほしいというのが正直なところだ。

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全体的に長い。

おわりに

『Who Gets What(フー・ゲッツ・ホワット) 』は翻訳本であるということもあって、やや読みにくく、分量がそれほど多くないにもかかわらず読むのに時間がかかってしまいました。二回連続で経済学書、しかもマーケットデザインの本にしたのはちょうど興味が高まっていたからで、これからは小説の感想文とかも書いていきます。

地味に前の記事はPVがそこそこあってうれしかったです。これに懲りずに見てくれる人がいたらうれしいです。