タカヒロの日記

読んだ本や好きなものについて解説と感想を書いていきます。

【考察】『The Dark Side of the Moon(狂気)』(Pink Floyd)の解説・和訳(前半・A面)

今回は本ではなく好きなアルバムをちょくちょく和訳しながら、解説と感想を書いていこうと思います。紹介するアルバムはPink Floyd(ピンク・フロイド)の代表作『The Dark Side of the Moon(狂気)』。音楽好きでなくとも三角形のプリズムと虹のアルバムアートワークは見たことがありますよね。

あまりにも長くなってしまったのでA面とB面についてそれぞれ別の記事にしています。また、解釈もそのほうがしやすいです。

このアルバムのアートワークなら見たことがあるという人が多い一方で、このアルバムの中身を聴いたことがある人となると、その数がぐんと減ってしまうのが悲しいところです。

今回はそんな『The Dark Side of the Moon(狂気)』の解説と僕なりの感想や解釈を書いていこうと思います。

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このアルバムについて

まずはこのアルバムの基本的な情報についてここにまとめていこう。発表は1973年3月1日、録音はビートルズの『アビーロード』で有名なアビーロードスタジオで1972年の6月から1973年の1月まで行われた。アルバムの長さは43分ほどと少々短めだが、アルバムに収録されている曲すべてが連なって一つのメッセージを持つ、いわゆるコンセプト・アルバムである。

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この横断歩道の左側にあるのがアビーロードスタジオ

近年はストリーミングサービスの普及によって楽曲が以前にもまして切り売りされ、このようなコンセプトアルバムは減ってきたが(というか、ほとんど日の目を浴びないが)、1967年にビートルズが世界初のコンセプト・アルバムといわれるサージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンドをリリースして以来、ザ・フー『トミー』やクイーンの『A Night at the Operaオペラ座の夜)』など数々のコンセプト・アルバムが成功を収めた。

そして、それらのコンセプト・アルバムの中でも最高傑作と名高いのがピンク・フロイドの『The Dark Side of the Moon(狂気)』なのである。

ちなみに、このアルバムはピンク・フロイドの人気を決定づけたアルバムであるが実はバンドにとって8作目となるアルバムであり、ファンの中で人気の高い『Atom Heart Mother(原子心母)』や『Meddle(おせっかい)』よりも後のアルバムである。

特に、ピンク・フロイドのような時期によって音楽性が大きく変わるバンドは、アルバムの雰囲気がリリースの時期によって大きく違い、そこを楽しむこともできる。また、バンドの歴史が彼らの音楽性にどんな影響を与えたのか(ピンク・フロイドではシド・バレットという天才的なセンスを持ったリーダーが精神を病んで脱退している)を考察するのも面白い。

しかし、今回はあえて『The Dark Side of the Moon(狂気)』というアルバム1枚から読み取れることのみを解説・考察していきたいと思う。芸術作品に触れる時に作品以外の余計な情報に私の感受性を奪われたくない、というのは私のちょっとしたこだわりなのだ。そのため今回は1968年のシドの脱退がバンドに与えたテーマ性などはあえて考察しない。

タイトルとコンセプトについて

コンセプト・アルバムであるこの作品を語るうえで『The Dark Side of the Moon(狂気)』というタイトルの意味を考えない訳にはいかない。『The Dark Side of the Moon』は直訳すれば、「月の暗い面」とでもなるだろうか。月は自転周期と公転周期が一致しているため、地球にいつも同じ面を向けている。月の裏側の様子が分かったのはソ連の月探査機が撮影に成功した1959年になってからだ。

このアルバムのタイトルは、地球から見えないこの部分のことを「The Dark Side of the Moon」というちょっと不思議な呼び方をしている。

邦題が「狂気」なのに違和感を感じる人もいるかもしれないが、欧米で「月」とは「lunatic(狂気)」の象徴だ。このアルバム全体のコンセプトはまさに「狂気」なのだ。

アルバムアートワークの考察

早速1曲目の解説をしたいところだが、アルバムアートワークが極めて有名なこのアルバムを語るうえではアルバムアートワークの意味も無視することはできまい。

注意したいのはこのアルバムアートワークを製作したのはピンク・フロイドのメンバーではなく、Hipgnosisヒプノシスというデザイナー集団であるということだ。ヒプノシスLed Zeppelinをはじめ、様々なロックバンドのアルバムアートワークを作成しているのでぜひ見てみてほしい。

アルバムアートワークを作ったのがバンドのメンバーではないとはいえ、ピンクフロイドのメンバーもこのアルバムアートワークを即採用したというからこのアルバムのアートワークは『The Dark Side of the Moon(狂気)』の顔としてふさわしいと認められたのだろう。

真っ黒な背景、白色光、プリズム、虹。このアートワークが意味することについてピンクフロイドのメンバーは説明していない。

解釈は人それぞれだが、『the dark side of the moon』の楽曲の静かな美しさや多彩な表現を表したいいアートワークであると思う。このアルバムでは「光(あるいは太陽)」と「闇(あるいは月)」が対照的な存在として歌われているが、このアルバムアートワークも真っ黒な背景とまばゆい虹が対照的に描かれているのにも注目したい。

1曲目「Speak to Me」の解説・考察

心臓の鼓動を表現したドラムのフェードインで始まり、男のささやく声、タイプライターの音などがどんどん入ってくる具体音楽である。この曲に限らず、このアルバムにはこのような日常の音が多く入っている。

男のささやきは聞き取りにくいがよく聞くと「俺は長い間狂っている」とか「人がなぜ狂っているのか説明するのは難しい」とか言っている。

私はこの鼓動は人生の始まり、空虚の始まりを表し、独り言やタイプライター、紙を破る音などは人生の空虚を埋めるくだらないものを表現していると解釈している。「Speak to Me」というタイトルは、くだらないものではなく人間との関わりを求める叫びだろうか。

2曲目「Breathe (in the Air)」の解説・考察

この曲は1曲目の「Speak to Me」とつながっているため、普通に聞いていると2つで1つの曲に思えるかもしれない。ふわふわとした前奏が美しいこの曲は幼少期の生き方を説く曲といえるだろう。

歌詞の解説に移ろう。歌いだしの「Breath, breathe in the air」はおそらく、今を生きろ、という意味だろう。続く「Don't be afraid to care」は他人に共感・共存しろ、という意味だ。今を生き、他人に共感する在り方が人間にふさわしいピンクフロイドは説いているのだ。

「For long you live and high you fly. And smiles you'll give and tears you'll cry. And all your touch and all you see. Is all your life will ever be.」は幼少期におけるあらゆる人生経験の重要性を説いている。

2番は歌詞の雰囲気が大きく変わる。冒頭の「Run, rabbit run. Dig that hole, forget the sun.」は話しかける対象がウサギに代わっている。穴を掘って太陽を忘れろというのも共感・共存を促す1番の歌詞とは大きく異なる。

続く、「And when at last the work is done. Don't sit down, it's time to dig another one」もいろいろな体験が人生を作るのだという1番の歌詞とは打って変わって、退屈な仕事を延々と続けるように指示している。

この曲は人間としての知的で理想的な人生とウサギと大差のない平凡で無駄な人生を対比する曲なのだ。

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馬鹿にされるうさぎちゃん

3曲目「On the Run」の解説・考察

 「On the Run」は不安をあおるようなシンセサイザーの曲だ。途中で入る女性の声は空港のアナウンスで「パスポートをご準備ください」といっている。最後のエンジン音は飛行機、爆発音は飛行機事故を表しているのだろうか。

この曲の解釈はそう難しくないだろう。高い文明力の象徴ともいうべき飛行機の事故が現代社会を覆う不安や危険を表している。

続く「Time」が青年期の人生についての曲であることからも、幼年期(Breathe)から青年期へ移るときの不安や逃げ出したいという思いを表しているのかもしれない。

4曲目「Time」の解説・考察

 突然大音量の目覚まし時計で始まるこの曲に意味するところは明白だろう。この曲は日々を漠然と生き、時間を無駄にしてしまった人間の後悔の歌だ。

「Waiting for someone or something to show you the way.」という歌詞からは自分では何も決められず、自分の道を示してくれる何かや誰かがいると思って何もしない様子が浮かび上がってくる。現代でいうところのニートはまだ名前を与えられていなかっただけで、この時代でも社会問題だったのだろう。

「And then one day you find ten years have got behind you. No one told you when to run, you missed the starting gun.」も印象的な歌詞だ。人はある日、自分が老いぼれたことに気づく。スタートの合図を聞き逃した、と言ってももう遅い。

「So you run and you run to catch up with the sun but it's sinking.」という歌詞が表すように、時間を巻き戻そうとするかのように太陽に向かって走っても太陽は沈んでしまう。そして、死が刻一刻と迫ってて、自分は人生で何もできなかったと絶望するのだ。

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人生というレースもう始まってますよ (by Pink Floyd)

5曲目「The Great Gig in the Sky」の解説・考察

このアルバムのA面を締めくくるのは、ソウルフルなシャウトが印象的なこの曲だ。この時代のアルバムを聴くときにはどこまでがA面で、どこからがB面なのかを意識しなければならない。別のアルバムの話になるが、レッド・ツェッペリンのアルバム「Led Zeppelin IV」収録の「Stairway to Heaven(天国の階段)」がどうして4曲目という中途半端な位置なのかがわからなかったのだが、A面の最後の曲であると聞いて納得したものだ。

では、歌詞の解説に移ろう。

この曲の歌詞はとても短くわかりやすい。「And I am not frightened of dying. Any time will do, I don't mind. Why should I be frightened of dying? There's no reason for it, you've gotta go sometime.」は死はいつか訪れるものであり、恐れるようなものではない、という主張だが、ソウルフルなシャウトからは死の痛みや恐怖のようなものも読み取れるように思う。

誕生を表すような心臓の鼓動から始まったA面はこの死の曲で終わる。A面は1,2曲目が誕生を、3曲目が人生という旅の始まりと不安を、4曲目が結局時間を浪費しただけの人生を、5曲目が死を意味している。

A面のコンセプトは人の一生だ。

おわりに

文章だけを読めばいい本の解説と違って、コンセプトアルバムの解説には歌詞だけでなく、アルバムアートワーク、曲のテンポや使われている音など様々な要素を総合的に解釈しなければならないので難しかったです。

後半はこちら↓

takaloves.hatenablog.com